商談では「相手の抱える課題=前提」を見つけよう
私は、セールスプロセスの中で大切なことのひとつとして、相手に気づきを与える「アハ体験」を提供すること、とお伝えしています。
アハ体験に連なるメソッドをお伝えする際「相手にアハ体験を提供するためには、何が必要なんでしょうか」という疑問をいただきます。
私はその回答に対して「相手の前提条件というものを指摘することが大切」であるとお答えしています。
例えば「ビジネスを始めたいけど、ずっと会社に勤めていて、なかなかビジネスを始めることができない」という質問を受けた場合、その方はビジネスをしたいが実際はできていないという現状があるわけです。
この「現状」を作り出しているものが「前提」です。
本人が無自覚なのか自覚なのかいずれにせよ「現状」を作り出してしまっている「思い込み」が必ずあります。
もしかしたら「ビジネスができない」という前提を産んだ思い込みは「私には能力がない」というものかもしれません。
あるいは「独立したい」とは言っていながら、実は会社から独立する事が不安で、本当は独立する気がないのかもしれません。
もちろん、しっかり話をして本人がどのような前提を抱いているのかをこちらが見極めることが大事です。
そして、その「前提」を指摘することができれば、相手に「アハ体験」が起き、「だから私はうまく行かなかったのか」と気づき、セールスパーソン側に対する信頼が一気に高まります。
つまり、商品の購買行動が起きるのです。
なぜ、アハ体験が起きると、商品の購買行動が起きるのでしょう。
それは、ドーパミンという脳内神経伝達物質が分泌されるからです。
ドーパミンが分泌されると、人は「価値」を感じ、購買行動に進むということが脳科学の分野では明らかとなっています。
それでは、いったい私たちはどのようにして相手の前提を見極めればいいのでしょうか。
相手の脳内解像度を高める『セールスアブダクション』とは?
相手の前提を見極めるために有効なテクニックが「セールスアブダクション」です。
アブダクションは「推論」のことです。
アブダクションについての書籍も多く存在しますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
今回お伝えしたいのはセールスにおける「推測」と「推論」の違いです。
セールスの場においてこの2つは精度が異なります。「推測」は精度が低く、「推論」は精度が高いものと定義します。
先ほどの例、ビジネスを始めたいが結局いつもできていないという方が目の前にいたとします。その方に対して、商品・サービスを販売する立場となったとします。
「前提」をいくつか考えて対応することを考えた場合、その前提はもしかしたら本当かもしれないし全く違うものかもしれません。
実は「能力がないと思い込んでいる」のだとしたら、本当かどうかは相手のみがわかることでしょう。
推測と推論の違い、そしてセールスアブダクションという考え方をしっかりと理解すれば、相手の無自覚な前提あるいは現状を生み出してしまっている制約条件を比較的高い精度で見抜くことができます。
アブダクションを正確に導き出す「ピラミッドストラクチャー」
セールスアブダクションという考え方をより感覚的にご理解いただける書籍をご紹介します。
伊藤 羊一さんの「1分で話せ」です。
同書にも記載されている、人の話を聞くときにその人の言葉、表情、声のトーン、そういった言語・非言語的な情報を収集して「だからこそこの人はこのような前提、パターン、思い込みを持っているんじゃないか」と推測するというやり方が有効的です。
先ほどの「能力がないと思い込んでいる」方の場合、この思い込みが前提であるということをどのように導き出すかというと、例えば会話中の表情は曇っているかどうか、声のトーンが下がったか、など何かしらのお客様の反応からの推測になります。
導き出した前提が推測に過ぎないのか、推論に該当するかを見極めるためには、より多くの材料つまりお客様の反応を収集できるかがカギとなります。
そして、お客様から集めた情報を「ピラミッドストラクチャー」に当てはめます。
そこから、推論=アブダクションを導き出します。
こういった前提があるのではなかろうか、こういったパターンがあるのではなかろうか、ということを推論するのです。
そのための材料が少ない段階では、「推測」となってしまいますが、どんどんお客様から得た情報が積み重なっていくと、「推論」となるのです。
推測を推論レベルまで上げるために「バイアスを外す」
人話している際に「私は人のことがわかります」「あなたはこういう人ではないだろうか」と決めつけから始める方がいますが、そういったやり方は危険であると捉えられます。
もしかしたら相手は過去の例と同じパターンで困っていて、情報が少ない段階で「あなたはこういう人である」と決めつけてしまう行為が正解となる場合もあるかもしれません。
しかしながらアブダクションという考え方に基づくと、お客様の情報をできるだけ集め、推測ではなく推論レベルまで前提を持っていく、どのレベルにあるのかを見極めることこそセールスパーソンにとって大切な心がけです。
そのために必要な考え方のひとつは「バイアスを外す」です。
バイアスとは「思い込み」のことです。
人間はどうしても「相手がこう考えているだろう」「きっとこの人の本質的な課題はここにあるだろう」とバイアスがかかってしまい、バイアスを強化するために情報を得ようとしてしまいます。
「やっぱりそうだ」「やっぱり私の思った通りだ」と、自分の仮説にとって都合のいい情報だけを集めようとします。こちらを極力排除しなければなりません。
バイアスを排除するために「相手が言っている事実=ファクトを受け取る」ようにしよう
バイアスを排除するためには「相手が言っている事実を受け取る」ことが必要です。
事実を受け取る=「ファクト」です。
ここで「真実」と「事実」の違いについて定義します。
真実は「自分の頭の中で作り出したこと」です。
事実は「ファクト」、つまり相手の反応をそのまま受け取るということです。
人はどうしても「相手の反応に対して意味づけをする」ため、事実ではなく真実に寄りがちです。
しかし、セールスにおいては真実ではなく事実をしっかりとキャッチすれば、推測ではなく推論に近づき、より精度の高い前提やパターン、相手にとっての思い込みが分かると考えられます。人生においても大切な考え方です。
相手の話を聞く際にはバイアス・思い込みを極力排除し、推測ではなく推論のレベルでキャッチアップしましょう。
「相手はこうではないか」「問題点はここなのでは」「ここを解決するべきなのではないか」という仮説を支えるための材料をできるだけたくさん得られれば、仮説が限りなく事実、推論に近づいてくるのです。
セールスアブダクションを身に付けられれば、相手のことを決めつけてしまうことはなくなり、高い精度で相手を支援できるようになるでしょう。
参考書籍として、先に挙げた伊藤 羊一さんの「1分で話せ」があります。
本文中の「ピラミッドストラクチャー」という考え方をセールス時に描き、あるいはメモに落とし込むという作業により、相手の無自覚の前提や考え方を推測ではなく推論レベルまで引き上げられるようになります。
相手の話を構造化できれば、整理しやすくなり、相手の抱えるパターンや前提に早くたどり着きやすくなることでしょう。
セールスアブダクションを身につけて「思い込み」をなくそう!
セールスアブダクションを用いれば、推測ではなく推論できるようになります。
そのためには相手の反応を「ファクト」として限りなくそのまま受け止め、事実に近い情報をたくさんキャッチアップし、ピラミッドストラクチャーを描く必要があります。
思い込みをできるだけ排除することを意識し、より確度の高い受注・提案ができるように応援しております。